4月のワークショップ その③ 五行のエッセンスと算命学のシェアリングワーク
2010-04-02 21:51:15 (14 years ago)
≪五行のフラワーエッセンスと算命学のシェアリングワーク≫
陰陽五行論を根幹とする算命学と五行のフラワーエッセンスを融合したシェアリングスタイルのワンデーワークショップ
全3回シリーズです。
単発でのご参加もOKです。
第1回 日時:4月19日(月曜日) 13時~16時
サブテーマ:与えること・受け取ること
場所:横浜 石川町(神奈川労働プラザ)
第2回 日時:5月14日(金曜日) 13時~16時
サブテーマ:聴くこと・話すこと
第3回 日時:6月11日(金曜日) 13時~16時
サブテーマ:コミュニケーション
場所:藤沢(予定)
テーマ:まるごとの自分とひとつになろう!
誰かを、何かを心から愛そうよ。
愛されたいのに愛されないとしたら・・・
なぜ愛されないのでしょう?
あなたには嫌いな人がいますか?
なぜ愛せないのでしょう?
あなたはあなたを愛していますか?
まるごとの自分とひとつになって、受け入れ、愛している時、
何一つ失うものはないとしたら、、、、
すべてが与えられているのと同じ。
誰かに何かに期待したとしても、それがあるがままに流れ、
なるようになっていくことをただ、受け入れることができる。
けれど、時として
自分から与えた、愛を差し出したというのが、実は条件付の駆け引きだったり、
与えたフリをして奪おうとしていたり、
愛しているフリをしてコントロールしようとしていたり・・・
ゆるしたとき、ゆるされていることに気づきます。
そして誰かを、何かを、ゆるすとかゆるさないの前に
私達はすでにゆるされている。
ゆるされているからこそ、今こうして生きているのです。
すべてのこと、ものには正しいも、間違いもないということに気づく・・
ゆるしには勝ち負けはないのです。
寂しさや、悲しみ、怒りや憎しみ、無価値感や、無力感、孤独感・・・
たくさん、たくさん、体験してきたね。
ぜんぶ、ぜんぶ、自分の内側にあるもの、あったもの。。
ずっと一緒に生きてきたもの。
だからだから、認めてあげよう。
受け入れてあげよう。
そこにあっていいのだよ、と責めないで、抱きしめてあげよう。
まるごとの自分とひとつになろうよ。
ジャッジすることもされることもなく、ただ自分の今の気持ちを、
今思っていることを、心の底の思いを話せる安心な場所です。
答えはひとつではありません。
自分の思いをシェアすることで気づくことがたくさんあります。
そして人の話を聞くことで、気づくことがまたたくさんあります。
愛の扉を一緒に開きませんか?
あなたの一歩を応援するために五行の算命学とフラワーエッセンスが
ブロックしている経絡に働きかけ、その後のあなたをサポートします。
人数 : 5名様限定(最少開催人数3名)
参加費: 全3回 18,800円
(1回ごとに20MLのエッセンスボトル代金含みます)
単発参加 1回 7,000円
締め切り: 4月15日(木曜日)
お申し込みはミクシィメッセージまたはメールにて
reserve☆aigamakoto.com(☆を@に変えてください)
第1回 与えること・受け取ること
差し出す能力は気づく能力と関わっている。
その人が自分を知らなければ、自分に気付いていなければ、
差し出すことは難しい。
相手に手を差し出す時、自分に手があることがわかっていなければ、
手を差し出すことはできないよね
現代はすでに持っているものをないがしろにして持っていないものを
得ようとする傾向が強いけれど、
最初の一歩を見落としたり、すでにできていたり、持っているものを
飛ばすと、、、
次のステップの価値を低めてしまう
与えるとは?
自分が傷つくまで与える必要はないでしょ
何かをしようとすることをやめてみたらどんな感じがする?
何かをしようとしている時、与えようとしている時、あなたの身体はどんなふう?
私は目からうろこな自分のパターンに気付いて笑うしかなかった
何かを差し出したい!!っていう衝動を止める必要はないけれど、
なにが助けになるか!!!ってことを知ることは大切だよね
そう、行動に智慧が必要。
与えることが仕事の人。
与えることが好きな人。反対に与えることが不安な人。
受け取ることはどう?
受け取ることに抵抗がある人。
受け取ることに抵抗がない人。
与えることと受け取ることは一体。
自分がどんなルールに従って与えたり、受け取ったりしているか、
考えたことある?
人ではなくて、自分自身にどんな態度をとっているか、
見つめてみたことある?
たくさんの欲しいもの、やりたいことがある。
その奥に本当の○○があるのだ
第2回 聴くこと・話すこと
人との関わりだけで聴くことはあるのではない。
自分自身のことを「聴く」こと。
外側の聴くと内側の聴く・・・どう違う?
聴くがなかったら、それはコミュニケーションにはならず、ただの
「自己表現」だ。
自己表現はボールを投げるだけ。
もしかしたらキャッチはしたくないかもしれないよね・・・
どういうとき聴けるのか、
どういうとき聴きたくないのか。
相手の話を聴くのをやめてしまった瞬間から自分はどこにいってしまったのか・・
考えたことある?
純粋に聴いているのか?
それとも意味づけしているのか・・解釈を始めてしまっているのか・・・
聴くということをするときの自分のパターンに気付く!!!
聴くということが限界になった時の自分がどうなるのか・・・
そのパターンにも気づく・・・
じゃあ、蓄積せずに聴く方法があるのか?
そんなことは果たして必要なのか?
自分だけ!!が唯一の耳なんだろうか?
そうじゃないとしたらどんな感じ??
聴く力を増やしたい!! 聴き方の可能性はどうだろう?
聴きたくないのに聴いているフリは私も辛いけど、
相手にとっても拷問じゃない??
聴く人にどうあってもらいたい?
どういうとき聴いてもらったって感じる?
自分はそういうふうに聴いているだろうか?
話す人にはどんな質が求められるのだろう?
自分がどういう聴くをしたいのか?
自分がどう聴きたいのか?
自分自身の感じている聴くとは・・を知ることの大切さ。
自分のニーズに気付くことは自分自身の責任。
苦手な相手にも良い聴き手になれるかな?
第3回コミュニケーションについて
コミュニケーション上手になりたい!!
自己表現とコミュニケーションは同一ではない。
自己表現を受け止めるには労力(エネルギー)がいる。
真にコミュニケーションをとりたいと思っているのか、
ただ思っていることを吐き出したいだけなのか・・
相手のふるまいや言ったことが、どう自分に着地したか、
自分に起きていること、そこで持った感情と相手の意図とを区別する
必要があるけれど、往々にして私達はそこをごっちゃにする。
同じように自分の言っていることが相手にどう着地するのか、、、、
そこに少しの気遣いと配慮が必要になる。
上手なコミュニケーションのためにはどんな質が必要なのかな?
コミュニケーションの助けになる基本とはどんなものかな?
NOを言える?
NOと言われたときの自分の反応や感情に気づいてみよう。
「あなたは私のことが好きではないだろう」という私の推測は相手が言わない限り、
真実はわからない。推測にすぎない。
相手を定義づけたり、決めたりすることや
明らかに責めているわけではないけれど、微妙に責めていることってない?(笑)
そういう自分に気付くことって大切だと思う。
相手が悪くないのであれば、どういう見方ができる?
私も相手も!!悪くないのであればどういう見方ができる?
善悪の壁の向こうで、もっと広い草原で相手に会うことをしてみたらどう感じる?
より良いコミュニケーションには努力が必要。
自分のあり方も相手のあり方も変える必要はないし、変えないことも大切。
相手を変えようとすることが時間の無駄だってことに私達は気づいている。
でもね、相手に自分との関わり方を変えてもらうことは可能なんじゃないかな?
まずは自分自身がコミュニケーションする人として責任を持つ。
私は何が欲しいのか、何を得たいのか?
相手も同様に、満たしたいことがあるのだ。
そこには違いがある。
果たして二人別々の欲しいものを同時に満たすことは可能だろうか?
永遠のテーマでもあり、そこにすごく興味があるのです。
一緒に考えてみませんか?
お申し込みは メールにて reserve★aigamakoto.com
(★を@に変えてご送信くださいね)
陰陽五行論を根幹とする算命学と五行のフラワーエッセンスを融合したシェアリングスタイルのワンデーワークショップ
全3回シリーズです。
単発でのご参加もOKです。
第1回 日時:4月19日(月曜日) 13時~16時
サブテーマ:与えること・受け取ること
場所:横浜 石川町(神奈川労働プラザ)
第2回 日時:5月14日(金曜日) 13時~16時
サブテーマ:聴くこと・話すこと
第3回 日時:6月11日(金曜日) 13時~16時
サブテーマ:コミュニケーション
場所:藤沢(予定)
テーマ:まるごとの自分とひとつになろう!
誰かを、何かを心から愛そうよ。
愛されたいのに愛されないとしたら・・・
なぜ愛されないのでしょう?
あなたには嫌いな人がいますか?
なぜ愛せないのでしょう?
あなたはあなたを愛していますか?
まるごとの自分とひとつになって、受け入れ、愛している時、
何一つ失うものはないとしたら、、、、
すべてが与えられているのと同じ。
誰かに何かに期待したとしても、それがあるがままに流れ、
なるようになっていくことをただ、受け入れることができる。
けれど、時として
自分から与えた、愛を差し出したというのが、実は条件付の駆け引きだったり、
与えたフリをして奪おうとしていたり、
愛しているフリをしてコントロールしようとしていたり・・・
ゆるしたとき、ゆるされていることに気づきます。
そして誰かを、何かを、ゆるすとかゆるさないの前に
私達はすでにゆるされている。
ゆるされているからこそ、今こうして生きているのです。
すべてのこと、ものには正しいも、間違いもないということに気づく・・
ゆるしには勝ち負けはないのです。
寂しさや、悲しみ、怒りや憎しみ、無価値感や、無力感、孤独感・・・
たくさん、たくさん、体験してきたね。
ぜんぶ、ぜんぶ、自分の内側にあるもの、あったもの。。
ずっと一緒に生きてきたもの。
だからだから、認めてあげよう。
受け入れてあげよう。
そこにあっていいのだよ、と責めないで、抱きしめてあげよう。
まるごとの自分とひとつになろうよ。
ジャッジすることもされることもなく、ただ自分の今の気持ちを、
今思っていることを、心の底の思いを話せる安心な場所です。
答えはひとつではありません。
自分の思いをシェアすることで気づくことがたくさんあります。
そして人の話を聞くことで、気づくことがまたたくさんあります。
愛の扉を一緒に開きませんか?
あなたの一歩を応援するために五行の算命学とフラワーエッセンスが
ブロックしている経絡に働きかけ、その後のあなたをサポートします。
人数 : 5名様限定(最少開催人数3名)
参加費: 全3回 18,800円
(1回ごとに20MLのエッセンスボトル代金含みます)
単発参加 1回 7,000円
締め切り: 4月15日(木曜日)
お申し込みはミクシィメッセージまたはメールにて
reserve☆aigamakoto.com(☆を@に変えてください)
第1回 与えること・受け取ること
差し出す能力は気づく能力と関わっている。
その人が自分を知らなければ、自分に気付いていなければ、
差し出すことは難しい。
相手に手を差し出す時、自分に手があることがわかっていなければ、
手を差し出すことはできないよね
現代はすでに持っているものをないがしろにして持っていないものを
得ようとする傾向が強いけれど、
最初の一歩を見落としたり、すでにできていたり、持っているものを
飛ばすと、、、
次のステップの価値を低めてしまう
与えるとは?
自分が傷つくまで与える必要はないでしょ
何かをしようとすることをやめてみたらどんな感じがする?
何かをしようとしている時、与えようとしている時、あなたの身体はどんなふう?
私は目からうろこな自分のパターンに気付いて笑うしかなかった
何かを差し出したい!!っていう衝動を止める必要はないけれど、
なにが助けになるか!!!ってことを知ることは大切だよね
そう、行動に智慧が必要。
与えることが仕事の人。
与えることが好きな人。反対に与えることが不安な人。
受け取ることはどう?
受け取ることに抵抗がある人。
受け取ることに抵抗がない人。
与えることと受け取ることは一体。
自分がどんなルールに従って与えたり、受け取ったりしているか、
考えたことある?
人ではなくて、自分自身にどんな態度をとっているか、
見つめてみたことある?
たくさんの欲しいもの、やりたいことがある。
その奥に本当の○○があるのだ
第2回 聴くこと・話すこと
人との関わりだけで聴くことはあるのではない。
自分自身のことを「聴く」こと。
外側の聴くと内側の聴く・・・どう違う?
聴くがなかったら、それはコミュニケーションにはならず、ただの
「自己表現」だ。
自己表現はボールを投げるだけ。
もしかしたらキャッチはしたくないかもしれないよね・・・
どういうとき聴けるのか、
どういうとき聴きたくないのか。
相手の話を聴くのをやめてしまった瞬間から自分はどこにいってしまったのか・・
考えたことある?
純粋に聴いているのか?
それとも意味づけしているのか・・解釈を始めてしまっているのか・・・
聴くということをするときの自分のパターンに気付く!!!
聴くということが限界になった時の自分がどうなるのか・・・
そのパターンにも気づく・・・
じゃあ、蓄積せずに聴く方法があるのか?
そんなことは果たして必要なのか?
自分だけ!!が唯一の耳なんだろうか?
そうじゃないとしたらどんな感じ??
聴く力を増やしたい!! 聴き方の可能性はどうだろう?
聴きたくないのに聴いているフリは私も辛いけど、
相手にとっても拷問じゃない??
聴く人にどうあってもらいたい?
どういうとき聴いてもらったって感じる?
自分はそういうふうに聴いているだろうか?
話す人にはどんな質が求められるのだろう?
自分がどういう聴くをしたいのか?
自分がどう聴きたいのか?
自分自身の感じている聴くとは・・を知ることの大切さ。
自分のニーズに気付くことは自分自身の責任。
苦手な相手にも良い聴き手になれるかな?
第3回コミュニケーションについて
コミュニケーション上手になりたい!!
自己表現とコミュニケーションは同一ではない。
自己表現を受け止めるには労力(エネルギー)がいる。
真にコミュニケーションをとりたいと思っているのか、
ただ思っていることを吐き出したいだけなのか・・
相手のふるまいや言ったことが、どう自分に着地したか、
自分に起きていること、そこで持った感情と相手の意図とを区別する
必要があるけれど、往々にして私達はそこをごっちゃにする。
同じように自分の言っていることが相手にどう着地するのか、、、、
そこに少しの気遣いと配慮が必要になる。
上手なコミュニケーションのためにはどんな質が必要なのかな?
コミュニケーションの助けになる基本とはどんなものかな?
NOを言える?
NOと言われたときの自分の反応や感情に気づいてみよう。
「あなたは私のことが好きではないだろう」という私の推測は相手が言わない限り、
真実はわからない。推測にすぎない。
相手を定義づけたり、決めたりすることや
明らかに責めているわけではないけれど、微妙に責めていることってない?(笑)
そういう自分に気付くことって大切だと思う。
相手が悪くないのであれば、どういう見方ができる?
私も相手も!!悪くないのであればどういう見方ができる?
善悪の壁の向こうで、もっと広い草原で相手に会うことをしてみたらどう感じる?
より良いコミュニケーションには努力が必要。
自分のあり方も相手のあり方も変える必要はないし、変えないことも大切。
相手を変えようとすることが時間の無駄だってことに私達は気づいている。
でもね、相手に自分との関わり方を変えてもらうことは可能なんじゃないかな?
まずは自分自身がコミュニケーションする人として責任を持つ。
私は何が欲しいのか、何を得たいのか?
相手も同様に、満たしたいことがあるのだ。
そこには違いがある。
果たして二人別々の欲しいものを同時に満たすことは可能だろうか?
永遠のテーマでもあり、そこにすごく興味があるのです。
一緒に考えてみませんか?
お申し込みは メールにて reserve★aigamakoto.com
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